雨後雨

ゆっくり、少しだけ、日々のこと

平野と空気銃と夢の終わり

子供の頃にお年玉やお小遣いを貯めて、

念願の空気銃(今風に言えばエアーソフトガン)を買いました。

5千円の商品で、ボルトアクションのライフルです。

子供のおもちゃとは言え、かなり凝った作りの一品で、

それは小学3年生にとっては夢の玩具でした。

今でも鮮明に覚えているのが、パッケージ(化粧段ボール+

発泡スチロールの緩衝材)の中に入っていた商品説明の印刷紙。

そこには、芝生の広場の先に森が繋がる猟場の写真が写っていました。

子供心に、いつか本物の空気銃を持って、こんな場所に行ってみたいと

強く願ったものです。

そして、そういった自然への憧れは、結局は山や登山に対するものだった

訳です。なにせ、起伏のない平野で田舎。

山もなければ、登山の経験のある大人も周りには皆無です。

しかし、小さな森は近所に点在していました。

そこで、空気銃をもって狩猟ごっこ。

これが、当時の私と友人(山に憧れをもつようになったのは彼の影響

が大きい)にとって、最も山を感じられる遊びでした。

私達はおもちゃの銃で本当に小鳥やその他の獲物(何が居るっていうのだw)

を仕留めるつもりで、粗末な雑木林を駆けずり回りました。

幼少時の夢の時間でしたね。

しかし、そんな楽しい日々はある事件を切っ掛けに終わりを告げます。

その日、いつもの様に林の中を銃を持ってうろうろしていると、

誰かが捨てたのか、2m四方の小さな霞網が捨ててありました。

私達は面白半分に枝と枝の間にそれを設置してみることに。

そして、その後はまた遊びの続きを。

何日か経って(何週間だったか)、霞網のことはすっかり忘れていた

私達。その日、私は別の友人との約束があって林には行かなかったの

ですが、前記の友人は嫌な予感がして、その林に行ったそうです。

するとそこには、あの小さな霞網に十数羽の小鳥が引っ掛かっていた

そうです。当然、息絶えていた個体も・・・・・。

私達は自分の銃で獲物を仕留める事は出来ませんでしたが、

「猟」という行為を行ったことには違いは無く、しかもそれは食料を

得るという本来の目的でもない、唯の子供の無邪気な殺生でした。

この一件は私たちの心に大きな影を落とし、その後、私達は林に行く

ことも空気銃で遊ぶこともなくなってしまいました。

殺してしまった小鳥には今でも申し訳ないことをしてしまったと

思います。反面、生き物を殺して糧を得るということに対して、

子供だった私達は少しシビアに深い考えを持てるようになりました。

昭和の時代の遊びが子供に与えた体験は大きかったですね。

あの時代に育って良かったと本当に思います。

余談ですが、その空気銃はまだ実家にありました。

昨年の夏に帰省した際に押入れから母が出してくれました。

残念なことに玉はありません(現在は製造されていません)でしたが、

レバーはちゃんとコッキング出来ます。

そして、あの森の印刷物もちゃんと残っていました!

今度、持ってきて銃に詳しい知人にどうしたら良いか相談してみようと

思っています。

 

 

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